自主避難体験アンケート 新規の投稿です。

2012年9月30日の投稿

◆お名前: みーさん

◆避難先はどちらですか?(都道府県): 岩手県

◆なんらかの支援制度を利用しましたか?: はい

◆どのような制度を利用できましたか?: 民間借り上げ制度

◆避難された時期(年月): 平成23年5月

◆家族構成(現在別居の場合はそれぞれの構成): 私、長男(8歳)、長女(3歳)、次男(1ヶ月)、夫(福島)

◆福島に戻るときはありますか?: はい

◆福島に戻る方にお聞きします。帰る頻度は?: 2ヶ月に1回より少ない

 

◆避難をして良かったと思うこと(メリット):

 

放射能のことをたまに忘れられることがある。

精神的に楽である。

外でのびのびと遊ぶことができる。

 

◆避難による苦労など(デメリット):

 

毎日毎日、これからどうしたらいいのか悩まなくてはいけない(戻ろうか移住するか)。二重生活の金銭的苦労。子供が父親に会えない精神的ストレスがあり、情緒不安定になる時がある。

 

◆避難をしたことで、お子さんや家族、ご自身にどのような変化がありましたか?:

 

避難前は、うつになりそうなくらい思い悩んだり、毎日家中の雑巾がけをしたりと精神的におかしい状態だったけど、今は落ち着いている。

長男は避難前は転校を嫌がっていたが、今はすっかりクラスメートと仲良くなり、このまま移住したいと言ってある。

 

◆福島の知人と連絡を取り合うことはありますか?: まったくない

 

◆避難を決断されたきっかけはありますか?あれば教えてください。:

 

同居していた義両親が避難を進めてくれた。

 

◆避難先で交流できる人はいますか?: まったくいない

 

◆今願っていることがあったら教えてください。どんなことでも構いません。:

 

子供に何の影響もでず、世間が大げさに騒いでいるだけだったと思える将来であってほしい。

 

◆今まだ避難できずにいるひとたちに伝えたいことがあれば教えてください。:

 

避難するのも残るのも考えは人それぞれです。だからこそ、悔いが残らないようにしてもらえたらいいと思います。

2012年8月の投稿

◆お名前(ニックネーム)も可:

ソラマメ

◆避難先はどちらですか?(都道府県):

山形県

◆なんらかの支援制度を利用しましたか?:

 はい

◆どのような制度を利用できましたか?:

借り上げ住宅

◆避難された時期(年月):

 23年10月

◆家族構成(現在別居の場合はそれぞれの構成):

山形→母、長男、長女  福島→父

◆福島に戻るときはありますか?:

はい

◆福島に戻る方にお聞きします。帰る頻度は?:

 月1回以上

 

◆避難をして良かったと思うこと(メリット):

こどもが外遊びをしてもあまり気にならない事。

学校給食も福島産より安心できること。

 

◆避難による苦労など(デメリット):

父親不在でずっとこどもの目が私一人にあり気が抜けない。

こどもが小さい事と頼れる人がいないことで仕事ができず、家にこもりきりで時間をもてあましがち。

こどもが体調をくずして入院した時、元気な子は病院に行けないため付き添いできずに大変だった。

 

◆避難をしたことで、お子さんや家族、ご自身にどのような変化がありましたか?:

いつも一緒にいたはずの父が今や来客のようなあつかいになっている。

長男は福島より山形のほうが地震が少ないので安心感はあるよう。でもはじめは登校拒否になり、自家中毒までおこして大変だった。

 

◆福島の知人と連絡を取り合うことはありますか?:

たまにある

 

◆避難を決断されたきっかけはありますか?あれば教えてください。:

学校給食について問い合わせた所、学校側はできる範囲で遠くのものを使ってあます。との丁寧な回答を頂いたが、

いくら学校で気をつけて頂いていても国の基準があるために基準値内の県内産も取り入れないわけにはいかないんだろうと気がついたこと。

 

◆避難先で交流できる人はいますか?:

ほとんどいない

 

◆今願っていることがあったら教えてください。どんなことでも構いません。:

将来大変なことが起こらないで、自主避難なんかして大袈裟だったと笑われるくらいであってほしい。

 

◆今まだ避難できずにいるひとたちに伝えたいことがあれば教えてください。:

調べたり考えている時間は長いけど、動き出してしまえばあっという間でした。

どっちに動いても以前のようになんの心配もなく…とは行かないと思いますが、後悔しないようにと動きました。

 

 

自主避難 アンケート 新規のご投稿です。

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◆お名前: きぼうさん

◆避難先はどちらですか?(都道府県)

: 石川県

◆なんらかの支援制度を利用しましたか?

: いいえ

◆どのような制度を利用できましたか?

: なし

◆避難された時期(年月)

: 23年 4月

◆家族構成(現在別居の場合はそれぞれの構成)

: 父 母 子(7歳 5歳 2歳)

◆福島に戻るときはありますか?

: はい

◆福島に戻る方にお聞きします。帰る頻度は?

: 月1回程度

◆避難をして良かったと思うこと(メリット)

: 現在は福島に戻ってきてます。

子供たちを外で遊ばさせることができたことです。 

◆避難による苦労など(デメリット):

私たちが避難したとき、避難先(私の実家)行政に相談しに行っても何一つしていただけず、子供の健康診断さえ、自腹でお願いしますと、旅行者あつかいでした。

実家とはいえ、年金暮らしの親なので甘えるにもほどがあるので食費や光熱費などを家に入れていましたが、さすがに二重生活はつづきません!

昨年の4月~10月までが限度でした。

(父親は仕事や病気の為残りました)

◆避難をしたことで、お子さんや家族、ご自身にどのような変化がありましたか?:

子供達は本当にのびのび現地の子と仲良くすごし世界が広がったと思います。

ただ、残してきた父親がうつ状態にまでなり酷かったです。

たぶん、あのまま別れたままだったら、死んでいたでしょう(それぐらい酷かったです)

金銭の問題と主人の問題で戻ることにしました。

◆福島の知人と連絡を取り合うことはありますか?

: たまにある

◆避難を決断されたきっかけはありますか?あれば教えてください。:

まず、地震により水が出なかったこと、原発が爆発したこと。

爆発が確認され、危険を感じたので、まず、埼玉にいる姉のところに3月16日に10時間かけて避難しました。

その後、テレビをみて安全が確認されれば、帰るつもりでしたが、ひどくなるばかりで、福島にもどるのは無理と判断し、いったん片付けのために(家が地震でめちゃくちゃだったので)一週間ほどいました。

主人がのこるので、片付けが終わり次第、車で石川県に行きました。

◆避難先で交流できる人はいますか?

: 少しいる

◆今願っていることがあったら教えてください。どんなことでも構いません。:

現在は福島の県庁近くに住んでいるのですが、不安でしかたありません!

渡りの子供たちのことを考えたらまだ、良いほうなのですが、駐車場の裏などは3以上あり、ところどころ高い線量です。

こんな数字県外だとすごい問題になるのに、市に連絡しても高いところはたくさんあるから、と言われ何もしてくれないのが現状です。

これから、子供たちにどのような影響がでるか毎日が不安です。

出来れば、家族で移住したいと私は思ってます。

主人の仕事が見つかれば、今すぐにでも出たいです。

でも、なかなか主人が・・・・

口では子供の命にかかわるなら、移住しても良いよって言ってくれるのですが、動いてはくれません!

無理でも履歴書をかいて、会社に郵送しなければ、何もはじまらない。

正直、そのへんで、私自信、主人のことが嫌になりそうです。

子供の命にかかわるなら、生活保護をうけてでも移住しても良いと思ってます。

◆今まだ避難できずにいるひとたちに伝えたいことがあれば教えてください。:

たぶん、子供たちが健康上でなにかしら病気になったとき、福島から出してもらえなくなると思います。

(福島に放射能専門の方々が集まると思うし、データーもとりたいし、放射能関連での病気は県外では受け入れしてくれないと思います)目に見えない隔離がはじまるはずです。

世界にとって、人体実験が自然にできるチャンスはないですからね。

その辺も政府がちゃんと言わなければならないです。

本当に申し訳なけれども、これからの世界のためにデーターをとらせてほしいと・・・・そして、もし病気になったら全力で治すことと補償すると・・・そして、福島に住み続ける自由と県外に出る自由 その両方に補助をすると・・・残る場合は、手厚い補償をすることと出た場合も継続的に健康管理を無償で他の県で見ていただけるようにするなどをすることが、国の責任だと思います。質問事項と異なることを書いてすみません。

自主避難 アンケート結果・中間報告

対象は2011.3月に福島市から自主的避難をした人

2012.1月~3月に実施

 

 

◆避難先はどちらですか?(都道府県)

宮城県、北海道、山形県、京都府、神奈川県

◆なんらかの支援制度を利用しましたか?

全員:はい

◆どのような制度を利用できましたか?

東日本支援財団の自主避難費用補助←ソフトバンク孫社長が立ち上げた財団法人

借り上げ住宅(山形県)(神奈川県)

受け入れ自治体、NPO団体の協力を得た

東日本大震災復興支援財団の一時避難支援

◆避難した時期

23年7月

23年6月

23年9月

24年1月

◆家族構成は?

妻、娘(2歳)

夫、私(妻)、息子(1歳)

現在は家族4人で暮らしている

夫 妻 長男小三、次男小一、長女四歳

妻のみ

◆避難を決断されたきっかけはありますか?

  • 渡利小の表土除去説明会での国や市の対応があまりにひどく、このまま避難指示が出るのを待っていたら子どもに何か症状がでるのではと思ったこと。
  • 子どもが鼻血を出した
  • 次男の心電図が就学児検診で引っかかった
  • 夏なのに、窓も開けず、長袖長ズボンマスク着用とあまりに異常な日常生活
  • なんといっても原発事故による放射線量と福島市長、知事そしてミスター大丈夫への不信感。小さい子供をかかえ福島では育てられないとおもった。
  • 夫が昨年3月の時点で、私に母子避難を勧めた
  • アメリカ在住の知人が避難を勧めた
  • 武田先生(ホンマでっかTV)が福島講演の時に、福島の汚染度合いを聞いて。
  • ソフトバンク孫社長が自主避難を呼び掛けたから。
  • 低線量被爆の影響について知ったとき
  • 子どもになるべく、自分達が過ごした幼少期を与えたかったから。
  • 子どもが判断・行動できない分、親ができることを考えて。
  • 原発事故後すぐ。危機感を感じた。
  • 職場の社長など会社の方から避難すべきと言われたため。
  • 福島のテレビ報道などが、あまりに現実とかけ離れている空気があり、毎日イライラと不安の連続だったため。福島では本当のこと、情報制限が行われていると感じた。

◆福島に戻るときはありますか?

はい4人 いいえ1人

◆福島に帰るひと・・・頻度は?

月1回以上:2人

2月に1回より少ない:2人

◆避難してよかったと思うことは?

  • 室内で線量を気にしなくてよい
  • のびのびと戸外で遊ぶことができる
  • 線量を気にしながらの制約された生活から当たり前の生活ができる
  • 放射線から離れたこと。
  • 安心の食べ物、空気など感じられること。
  • 子供ものびのび生活している。
  • 仕事は、すぐに見つかり、経済的には変わらない、もしくは寒冷地手当てがある分収入も増えた。
  • 安心して子育て、子作りができる。
  • 普通の生活が送れる、
  • (お布団や洗濯物を外に干せる、西日本や九州の食材が手に入る、子どもを外で遊ばせられる)
  • 意識が高い(被災地や放射能についての情報が新聞で取り上げられ、他人事としていない)
  • 福島ナンバーで車を走らせていても、何もない。(差別されない。)
  • 市営住宅に入れたため、家賃は無料。(団地内で声掛けや友人もでき、心の支えに。)
  • 夫曰く、京都は求人数が多いとのこと。
  • 京都の文化には学ぶところが多い。
  • 不安がかなり減った。
  • 地震が少ない。
  • みんな優しい。
  • すごくいい職場に出会った。
  • 情報が入りやすくなった。
  • 窓を思いっきり開けて空気を吸うことができる。→ 当たり前のことができる。
  • 放射能を忘れることができるので、色々なことに前向きになれた。

◆避難したことによるデメリット・苦労など

  • 2人だけの生活がいつまで続くかわからない孤独でお酒が増えた。
  • 金銭面の心配。
  • 福島なまりを聞きたくなる
  • これまでの仕事、収入額を失う
  • 地元友人に会えない
  • (親や友人に手紙を書く回数が増えました。親に孫の成長を見せられない
  • 私は親を避難させることを今も諦めていません。)
  • 友達がいない(親)、子供は友達がすぐできたが、やはりふるさとを思い出す。しかし、けっして帰りたいとは思わない。
  • 雪と寒さはなかなかなれない。
  • 主人の再就職
  • 私のパート再開〔仙台は待機児童多数で長女を預ける先が無認可になってしまうため断念中〕
  • 病気になったとき等頼れる人がいない
  • 福島を離れた寂しさや虚しさ
  • 子ども達の祖父母や友達への思い
  • 夫が新幹線で行き来するため、交通費が負担、別々の生活になり寂しくて胃炎になった。

◆避難をしたことで、お子さんや家族、ご自身にどのような変化がありましたか?

  • 公園で遊ぶ当たり前のことができることを本当に喜んでいます
  • 当たり前の生活ができることの感謝の気持ち
  • 今も福島に残る人〔親親戚友人知人〕の心配と、福島へ戻りたい気持ち
  • 避難をしても被ばくしたことによる免疫力低下で健康への不安は消えることはないです
  • 避難した当初は新しい土地に馴染めずにいたが、半年くらいたって少しずつなれてきた。あたり前の(原発事故前)生活がもどった。
  • 子どもの身体的成長が早まった
  • 親とのやり取りが増えた
  • 福島では、情報が制限されていると実感した
  • 福島の危険性を改めて感じた。
  • 体調が良くなってきた。
  • 精神安定薬を飲まなくて平気になった。

◆福島の知人と連絡を取り合うことはありますか?

結構ある 2人

たまにある 3人

◆避難先で交流できる人はいますか?

少しいる 3人

かなりいる 2人

◆今願っていることがあったら教えてください。

  • 以前のように、本当に安心できるくらいの除染が終わり福島に帰ること〔今、行おうとしている不安を払拭させるための除染では帰ることができません〕
  • 子どもたちに影響が出ないで成長してほしいこと
  • 今も残る福島の人たちの避難〔国が避難指示を出してほしい・・・散々がっかりさせられましたが〕
  • 今の生活に十分。北海道の生活にもたいへん感謝している。
  • 宝くじあたるといいな~
  • ふるさとが汚染がされていなければ、福島で生活したい。
  • 親の面倒は必ずみたい。一緒に京都で生活したい。
  • 福島に残る避難したい人たちを避難させてあげたい。
  • 生きがいだった仕事に復帰したい。
  • 放射能の恐ろしさを知ってほしい。
  • 借り上げ延長。高速無料化再開。瓦礫受け入れ反対。福島県民移住。
  • 福島市・伊達市などの大規模避難・移住


◆今まだ避難できずにいるひとたちに伝えたいことがあれば教えてください。

  • あとからこうしとけば良かったとならないならそれでいいと思う。人それぞれ考えは違う。実家の家族も親戚も現在福島在住。体調が悪いみたいだが持ち家もある、仕事もあるで動く気ないみたい。だけど動こうとしているならすぐに!!私は子供を少しでも守りたかったから避難しました。
  • 子ども、大人関係なく、命・健康は大切です。
  • 福島で無くせない大切なものはたくさんあるかと思います。
  • すべて無くすのではなく、一時離れるという感覚でも、できるだけ早く汚染の少ない土地での生活をお勧めします。
  • 健康で文化的な生活のできない、生存権が行使されていない今の福島。
  • 市民を守らない自治体には、怒りさえも感じます。
  • 自分の考えを信じて行動してください。
  • 避難先では地元の方だけでなく、避難者同志での支えもあります。
  • やれることをぜひ決断してください。
  • いろいろな状況があり避難が困難なかたがたがいると思います。しかし、仕事、絆!?言い訳をせず、小さい子供を抱えるのならおもいっきり避難(移住)を決心してください。すでに健康被害がでています。(福島市に残っている友人が甲状腺で医大より通知あり)
  • ・目に見えない放射能のせいで、震災後と違い今までの生活が戻っているように思えますが、確かにそこにはチェルノブイリの何倍も放射性物質があります。国も県も見えないために避難指示を出しません。〔福島に残っている人にはきついことを言っているのはわかっていますがあえて書きます〕
  • 今も残っている人達の苦悩はわかっています。私自身主人に避難を促されても決断できずにいました。でも、もし五年後に子ども達に何か影響がでたらどうするのですか?謝罪しても後悔しても取り返しつかないと思い、私は決断しました。
  •  今いろんな支援がある中、何も防護をしないのは親の責任です。どんな理由があるにせよ何かしらの行動はできるはずです。
  • 原発大国の日本に最適な避難場所があるのか疑問ですが、渡利以外の市内でも占領の低いところはあります。土湯ぽかぽかプロジェクトや他の支援も活用してぜひ避難をしてほしいと思います。